テレビの向こうの「大きな身体」と健康のふしぎ

大相撲の中継を見ていると、土俵の上でぶつかり合う力士たちの迫力に圧倒されますよね。100キロ、200キロを超える大きな身体を持ち、自分よりもはるかに重い相手を押し出す姿は、まさに現代の「侍」や「英雄」のように見えます。
しかし、ニュースや本などで「力士は糖尿病になりやすい」「若くして健康を害してしまう人がいる」という話を聞いたことはありませんか?
「あんなに毎日厳しい稽古(練習)をして筋肉をつけているのに、どうして病気になってしまうのだろう?」と疑問に思うかもしれません。実は、力士の身体のつくり方や生活習慣には、筋肉や脂肪を効率よく増やすための「相撲ならではの知恵」が詰まっています。そしてその知恵こそが、皮肉にも「糖尿病」という病気を引き起こしやすい原因にもなっているのです。
この記事では、力士と糖尿病の深い関係について、専門的な難しい言葉をできるだけ使わず、スッキリ理解できるように解説します。力士の体格づくりの裏側を知ることで、私たちが日々の生活で健康に過ごすための大切なヒントも見えてきます。ぜひ最後まで読んでみてくださいね。
第1章:そもそも「糖尿病」ってどんな病気?
力士の話に入る前に、まず「糖尿病」という病気がどのようなものなのかを簡単に整理しておきましょう。
血糖値とインスリンのバランス 私たちの身体は、ご飯やパン、麺類、お菓子などに含まれる「糖質(炭水化物)」を食べると、それを消化・吸収して血液の中に「ブドウ糖」として取り込みます。この血液の中にあるブドウ糖の濃度のことを血糖値(けっとうち)と呼びます。
ブドウ糖は、脳や筋肉を動かすための大切なエネルギー源です。食事をすると血液中のブドウ糖が増えて血糖値が上がりますが、通常はすい臓という臓器からインスリンというホルモンが出ます。インスリンは、血液中のブドウ糖を全身の細胞に送り届け、エネルギーとして使わせたり、余った分を蓄えたりする「ドアを開ける鍵」のような役割をしています。インスリンが働くおかげで、上がった血糖値は自然と元に戻ります。
血糖値が下がらなくなる状態 しかし、次のような状態が続くと、血糖値のコントロールがうまくできなくなります。
- インスリンの出が悪くなる(鍵の数が減る)
- インスリンは出ているのに、身体が反応しにくくなる(鍵穴が壊れてドアが開かない=インスリン抵抗性)
このように、血液中にブドウ糖があふれかえり、いつも血糖値が高い状態が続いてしまう病気を「糖尿病」と言います。初期のころは痛みもかゆみもなく、自分で気づくことがほとんどできません。しかし、血糖値が高い状態を長期間放置すると、全身の細い血管や神経がダメージを受け、将来的に目が見えなくなったり、人工透析が必要になったり、足の切断に至ったりする重大な「合併症」を引き起こすおそれがあります。
第2章:力士が糖尿病になりやすい4つの理由
では、なぜ力士はこの糖尿病になるリスクが高いのでしょうか。それには、力士独特の「食事」「睡眠」「運動」「体質」という4つの要素が関係しています。順番に見ていきましょう。
1. 「一日2食」と「どか食い」の習慣 一般的な人は一日3食を食べますが、多くの相撲部屋では「朝食を食べずに朝稽古を行い、昼前に1回目の食事をとる」という生活リズムをとっています。
朝起きてから何も食べずに激しい運動をすると、身体の中のエネルギーが空っぽになります。その非常に空腹な状態のところに、一度に大量の食事(ご飯やちゃんこ鍋など)を流し込みます。すると、血液の中に一気に大量のブドウ糖が流れ込み、血糖値が急激に跳ね上がります。これを「血糖値スパイク」と呼びます。
血糖値が急上昇すると、すい臓は「大変だ!すぐに血糖値を下げなきゃ!」と焦って、大量のインスリンを無理して分泌します。このような「激しい血糖値の上下」と「インスリンの大量分泌」を毎日繰り返していると、すい臓が次第に疲れ果ててしまい、うまくインスリンを出せなくなったり、細胞側がインスリンの刺激に慣れてしまって効果が出にくくなったり(インスリン抵抗性)するのです。
2. 食事直後の「睡眠」 力士は昼食(1回目の食事)を食べ終わったあと、すぐに長い昼寝をします。
満腹の状態で眠ると、食べた栄養が運動によって消費されず、そのまま身体の中に蓄えられます。これは身体を大きく太らせるためには非常に効率の良い方法なのですが、同時に内臓脂肪や皮下脂肪を急激に増やす原因になります。
身体に脂肪、特に内臓脂肪がたくさんつくと、脂肪細胞からインスリンの働きを邪魔する物質が分泌されるようになります。その結果、血糖値が下がりにくい身体になってしまいます。
3. 体重の重さと「内臓脂肪」の蓄積 力士の身体を見ると、ぽっこりとお腹が出ている人が多いですよね。力士の脂肪のつき方には個人差がありますが、皮下脂肪だけでなく、お腹の中の臓器のまわりに「内臓脂肪」もしっかりついています。
過剰な内臓脂肪は、まさに糖尿病の天敵です。体重が150キロや200キロ近くまで増えると、身体が必要とするインスリンの量も通常よりはるかに多くなります。すい臓は24時間体制でフル稼働しなければならず、長年その状態が続くとオーバーワークでダウンしてしまうのです。
4. 稽古をやめたとき・休んだときのギャップ 力士は毎日、土俵の上で激しい稽古を行っています。運動自体は筋肉のブドウ糖消費を助け、血糖値を下げる非常に良い働きをします。そのため、現役で毎日のように猛稽古を重ねている間は、大量に食べていてもなんとか血糖値のバランスを保てている力士もいます。
しかし、ケガをして稽古ができなくなったときや、部屋の都合で運動量が減ったとき、あるいは引退したときに問題が起こります。「運動量は激減したのに、食べる量や習慣は現役時代のまま」になってしまうと、消費されないブドウ糖が血液中にあふれ出し、一気に糖尿病を発症・悪化させてしまうのです。
第3章:相撲界の象徴「ちゃんこ鍋」は体に悪いのか?
「力士の食事」と聞いて誰もが思い浮かべるのが「ちゃんこ鍋」ですよね。よく「ちゃんこ鍋を食べると太るから糖尿病になるの?」と聞かれますが、実はこれには少し誤解があります。
ちゃんこ鍋自体は栄養バツグンの健康食 結論から言うと、ちゃんこ鍋そのものは非常に栄養バランスに優れた健康的な料理です。
鍋の中には、鶏肉、豚肉、魚などの「タンパク質」、白菜、ネギ、キノコ、豆腐などの「食物繊維やビタミン、ミネラル」がたっぷり入っています。油を大量に使う揚げ物や炒め物と比べてもヘルシーで、野菜の栄養や旨味がスープに溶け込んでいるため、本来は糖尿病予防にも向いている食事なのです。
問題は「食べ方」と「一緒に食べる白米の量」 では、なぜちゃんこ鍋で太り、糖尿病のリスクが上がるのでしょうか。理由は鍋そのものではなく、「食べ方」にあります。
- どんぶり何杯もの白米(白ご飯): 力士はちゃんこ鍋と一緒に、どんぶりで何杯もの白ご飯を食べます。白米は糖質の塊です。鍋のスープで食欲が進むため、知らず知らずのうちに膨大な量の糖質を摂ることになります。
- 締めの中華麺やうどん、雑炊: 鍋の最後に入れる麺類やご飯も糖質です。
- 味付けの濃さとビール: 味が濃いスープは食欲を増進させ、ご飯が進みやすくなります。また、食事と一緒に飲むお酒(アルコールや清涼飲料水)も糖質摂取量を押し上げます。
つまり、「ちゃんこ鍋という料理が悪い」のではなく、「大量の白米と一緒に、一日2食の空腹状態から一気にドカ食いする」というスタイルが、糖尿病のリスクを高めているのです。
第4章:元力士の健康と引退後の試練
力士の健康問題において、特に注意しなければならないのが「引退後の生活」です。
現役時代と引退後の「エネルギーの差」 現役の力士は、一般人からは想像もつかないほどの激しい運動をしています。何十回も土俵でぶつかり合い、重い身体を動かすことで、1日に数千キロカロリーものエネルギーを消費しています。そのため、大量に食べていても「激しい運動」というブレーキが働いていました。
しかし、引退すると稽古をしなくなりますから、1日の消費カロリーはガクンと落ちます。それにもかかわらず、長年かけて身についた「胃袋の大きさ」や「ドカ食いの習慣」は、すぐには小さくなりません。
引退後に待ち受けるリスク 消費するエネルギーが激減したのに、食べる量が変わらなければ、体重はさらに増えるか、脂肪に変わっていきます。筋肉が落ちて脂肪が増えると、インスリンの効き目が一気に悪くなり、引退して数年以内に重度の糖尿病を発症してしまうケースが昔から少なくありませんでした。
糖尿病は、放置すると以下のような恐ろしい状態を引き起こします。
- 血管がボロボロになる: 高血糖が続くと、全身の大きな血管も細い血管も傷つきます。
- 心筋梗塞や脳卒中: 心臓や脳の血管が詰まり、命に関わる事態になります。
- 三大合併症: 「神経障害(手足のしびれ・痛みが麻痺する)」「網膜症(目がかすみ、最悪の場合は失明する)」「腎症(尿を作れなくなり、人工透析が必要になる)」という、生活の質を大きく落とす障害が残ります。
昔の相撲界では、平均寿命が一般的な男性よりも短い傾向にありました。その背景には、糖尿病をはじめとする生活習慣病と、それに伴う心臓や血管の病気が深く関わっていたのです。
第5章:現代の相撲界における「健康管理の進化」
「力士=不健康」というイメージを持ちやすいかもしれませんが、実は最近の相撲界は昔と大きく変わってきています。日本相撲協会や各相撲部屋も、力士の健康を守るための取り組みを真剣に行っています。
定期的な健康診断と血液検査 現代の力士たちは、年に複数回の健康診断を受けています。血液検査で「血糖値」や「HbA1c(ヘモグロビンエーワンシー:過去1〜2ヶ月の血糖の状態を示す値)」、「中性脂肪」「コレステロール」などの数値を細かくチェックしています。
数値が悪化している力士には、医師や栄養士から指導が入り、食事内容の見直しや治療が早期に行われるようになりました。
栄養学を取り入れた「新しいちゃんこ」 最近では、スポーツ栄養学の知識を積極的に取り入れる相撲部屋が増えています。
- 食事の最初に野菜から食べる「ベジタブルファースト(野菜ファースト)」を徹底し、血糖値の急上昇を抑える。
- 白米だけでなく、玄米や雑穀米を混ぜて食物繊維を増やす。
- 間食(おやつ)の質を見直し、ドカ食いを防止する。
引退後の減量プログラム 引退した親方や元力士たちが、健康的に体重を落とすためのサポートも行われています。現役を退いたあとに数十キロ単位のダイエットに成功し、スリムで健康的な姿に変身する元力士のニュースを見たことがある方もいるのではないでしょうか。
「身体を大きくして強くなること」と「長く健康で生きること」の両立を目指して、相撲界全体が時代とともに進化しているのです。
第6章:力士の生活から私たちが学べる「糖尿病予防」の教訓
ここまで力士と糖尿病の関係について見てきましたが、実はこの話、相撲の世界だけに留まりません。力士が糖尿病になりやすい理由は、私たちがついついやってしまいがちな「不健康な生活習慣」のスケールを大きくした形そのものだからです。
力士の事例から、私たちが日常で気をつけるべき「血糖値コントロールの基本」をまとめてみました。
1. 朝食を抜かない(規則正しく食べる) 「時間がなくて朝ごはんを食べずに学校や会社に行き、昼休みにドカ食いする」という経験はありませんか? これは力士の「朝稽古後の昼食」と同じ状態で、血糖値を急激に上げてしまいます。1日3食、決まった時間に食べることで、血糖値の激しい上下を防ぐことができます。
2. 食べる順番を意識する(ベジタブルファースト) 食事をするときは、まず野菜、キノコ、海藻、豆腐など「食物繊維」が多く含まれるものから食べましょう。次に肉や魚などのタンパク質、最後にご飯やパンなどの炭水化物(糖質)を食べます。 食物繊維が胃や腸に先に入ると、糖の吸収がゆっくりになり、血糖値の急上昇を抑えてくれます。
3. 食べてすぐ寝ない お腹いっぱい食べたあと、すぐに横になって寝てしまうと、消費されなかった糖が脂肪として蓄えられやすくなります。夕食は寝る2〜3時間前までに済ませるのが理想的です。
4. ドカ食い・早食いをやめる よく噛まずに素早くたくさん食べると、満腹感を感じる前に必要以上の糖質を体内に取り込んでしまいます。しっかり噛んでゆっくり食べるだけで、インスリンを出すすい臓への負担を大幅に減らすことができます。
5. 適度な運動を継続する 力士のように激しい運動をする必要はありません。日常的に散歩(ウォーキング)をしたり、階段を使ったり、軽いストレッチをしたりするだけでも、筋肉がブドウ糖を消費して血糖値を下げてくれます。
まとめ:正しく知って、健康的で豊かな生活を
力士が糖尿病になりやすい背景には、相手を圧倒するための「身体を大きくする工夫」が、図らずも血糖値を乱す条件と重なってしまっていたという歴史があります。
しかし、現在の相撲界は医学や栄養学の力を借りて、力士の強さと健康の両立を目指して変化を続けています。
私たちも、力士の健康管理から学べる知識がたくさんあります。「朝食を食べる」「よく噛んで野菜から食べる」「食べたあとに少し身体を動かす」。こうした日々の小さな工夫の積み重ねが、糖尿病を防ぎ、将来にわたって元気な身体を維持することにつながります。
土俵の上で力強く戦う力士たちを応援しながら、自分自身の毎日の食生活や生活リズムについても、ぜひ一度振り返ってみてくださいね。

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