介護殺人──静かに進行する「家族崩壊」の末路

「もう限界だ」
この言葉を最後に、長年連れ添った配偶者を手にかけてしまった70代男性のニュースが報じられました。日本では、こうした「介護殺人」が年間で60件以上発生しています。けれど、ニュースの数倍の家庭で「同じことを考えたことがある」と語る人が存在します。
この記事では、介護殺人の現実と背景、社会の課題、そして防止のためにできる一歩を、あなたと一緒に考えていきます。
「介護殺人」は、特別な家庭で起こるわけではない
介護殺人の多くは、普通の家族の中で静かに進行していきます。
ニュースで報じられると、「なんてひどい」「どうしてそんなことを」と一瞬思うかもしれません。けれど、当事者の多くは涙ながらにこう話します。
「誰にも頼れなかった」
「毎日が地獄だった」
「あの瞬間は、もう終わりにしてあげたかっただけ」
厚生労働省の統計によると、介護が理由の家庭内殺人の件数はこの10年で増加傾向にあります。平均年齢は加害者・被害者ともに70歳前後。つまり、「老老介護」「共倒れ」状態の中で悲劇が起こっているのです。
背景①:孤立する家族介護と「罪悪感」の連鎖
在宅介護を続ける人たちは、周囲に本音を打ち明けられず、孤立していく傾向があります。
「施設に預けたら冷たいと言われる」
「家族だから、最後まで面倒を見るのが当たり前」
この“介護の美学”が、介護者を追い詰める最大の要因です。
介護の現場は、想像以上のストレスの連続です。
夜中の見守り、排泄介助、食事介助、認知症による暴言や徘徊。
その中で、「病院にも預けられない」「介護サービスの空きがない」と現実を突きつけられる。
結果、介護者自身がうつ病や認知症を発症する「介護うつ」が広がっています。
背景②:介護保険制度の限界
2000年に導入された介護保険制度は、確かに多くの家庭を支えてきました。
しかし、現場では「使いたいサービスが使えない」「要介護度が低いと施設に入れない」といった声が溢れています。
たとえば、認知症でも「要介護1」では特別養護老人ホームに入れず、家族介護が長期化するケースが多数発生しています。
また、介護ヘルパーの人材不足や夜間対応の制限も重なり、「在宅介護=家族任せ」となっているのが実情です。
背景③:老老介護・共倒れの現実
全国で介護をしている人のうち、実に6割が65歳以上。
つまり、介護する人も高齢者という「老老介護」が常態化しています。
「夫が妻を介護」「娘が高齢の母を介護」という構造の中で、誰も助けてくれない。
体力的にも限界が訪れる一方で、「死ぬまで面倒を見るしかない」という心理が逃げ道を奪います。
やがて訪れるのは「心身の崩壊」です。
そして、その果てに起こる衝動が、「介護殺人」という最悪の形で表れてしまうのです。
実際の事件に見る心理的限界
記録に残る事件の中には、こうした声がありました。
- 「妻の苦しむ姿をこれ以上見ていられなかった」
- 「介護保険を申請してもすぐには使えなかった」
- 「家族や行政に相談しても、たらい回しにされた」
これらの発言に共通するのは、「孤立」と「絶望」です。
犯罪であることに変わりはありませんが、その背景を見なければ、同じ悲劇を止めることはできません。
防ぐために──「相談する勇気」が命を救う
あなたが今、介護で苦しい思いをしているなら、「助けて」と言ってもいいのです。
行政の窓口や地域包括支援センター、介護相談ダイヤル、医療機関など、どんな形でも構いません。
全国の自治体には「介護者支援制度」や「レスパイト(休息)サービス」が存在します。
たとえば、短期入所(ショートステイ)や訪問介護サービスを一時的に増やすことも可能です。
大切なのは、「自分を責めないこと」。
介護を続けるためには、介護者自身の心の健康が何よりも重要なのです。
社会が変わるために必要なこと
介護殺人を防ぐためには、個人の努力だけでは限界があります。
社会全体で「家族任せ」を終わらせる仕組みが必要です。
- 在宅介護者への経済的支援の拡充
- 要介護度に依存しない施設入所の柔軟化
- 地域での介護者支援カフェや相談会の常設化
- メディアによる介護現場のリアルな発信
誰もが老いていく時代。
今日の“介護者”は、明日の“要介護者”かもしれません。
終わりに──「介護殺人」を他人事で終わらせないために
介護殺人という言葉は恐ろしく、重いものです。
しかしその裏には、「愛」と「疲れ」が絡み合った人間の深い悲しみがあります。
もし今、あなたの周囲に介護で苦しんでいる人がいたら──
「頑張りすぎないで」「一度休んでもいい」と声をかけてください。
そして、自分自身がその立場になったとき、どうか一人で抱え込まないでください。


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