ウクライナから角界へ──安青錦という奇跡の物語

「まさか21歳で、あの若者が日本の相撲を変えるなんて…」
この秋場所の千秋楽、両国国技館に響いた歓声は、ただの優勝では終わらなかった。
ウクライナ出身の関脇・安青錦(あおにしき)が初優勝を飾った瞬間、それは日本の伝統スポーツと国際社会の“橋”が結ばれた歴史の一幕でもあった。
安青錦、本名:ダニーロ・ヤブグシシン(。21歳。
戦火の続く祖国・ウクライナで相撲と出会い、見よう見まねで四股を踏んだ少年が、今では日本の角界を沸かせている。初土俵からわずか3年というスピード昇進で関脇に駆け上がり、そして今、優勝という頂に立った。
異国の21歳がつかんだ「日本一の瞬間」
“外国出身力士”という言葉は、これまで幾度となく相撲界を彩ってきた。
だが、安青錦の存在は他の誰とも違う。
モンゴル勢が力で圧倒してきた時代が長く続いた中で、彼は相撲の基本、「低く、前へ、まっすぐ当たる」を徹底した正攻法で頂点を掴んだ。
彼の得意技は「突き押しからの右四つ」。体重138キロと関脇としてはやや軽量ながら、しなやかな体幹の強さと鋭い反応で相手を崩す。
今場所も序盤戦は白星を重ね、最も注目されたのは十二日目の横綱・照乃山戦。土俵際、わずか半足分の攻防で下手投げを決めた瞬間、館内がどよめき、SNSでは「新時代の風が吹いた」とトレンド入りした。
師匠・安治川親方との出会い
安青錦の背後には、もう一人の主役がいる。
それが師匠・安治川親方。元関脇・安美錦としても知られる技巧派力士だ。
2019年に引退した親方が部屋を興した直後、彼はオンライン上のウクライナ相撲連盟を通じて「弟子入り希望」のメッセージを受け取った。それが安青錦だった。
「日本語もわからんのに、いきなり“あなたの部屋に入りたい”って来たんだから驚いたよ。」
親方はそう笑うが、面接に現れた当時17歳のヤブグシシン少年の目は真剣そのもの。
「相撲はただのスポーツじゃない。これは人間の生き方だと思った」と、通訳を介して語った一言が、安治川親方の心を動かした。
ウクライナと日本をつなぐ「希望の四股」
2022年、ウクライナ侵攻が始まった時、彼はまだ序ノ口力士。
母国の家族と音信が途絶えた期間もあった。
それでも「勝てるようになるまで帰らない」とぶつぶつ言いながらぶつかり稽古を続けたという。
当時を知る兄弟子・琴山は語る。
「夜中までずっと土俵に残って稽古してた。稽古後に座布団で寝て、そのまま朝を迎えるのが普通だった。」
そんな努力が実を結び、初場所で十両昇進、さらに幕内、関脇へと異例のスピードで駆け上がった。
ウクライナでは今、安青錦の活躍がテレビやSNSで大きく報じられている。
「彼の勝ち越しは希望の証」として、現地ファンは試合ごとにチャリティ観戦イベントを開き、勝利の夜には“ドン!”という太鼓音で祝福するという。
優勝の瞬間──涙と拍手の中で
十四日目を終えた時点で、優勝争いは照乃山、若隆翔、安青錦の三つ巴。
千秋楽、照乃山が敗れ、安青錦は自身が勝てば優勝という運命の取組に臨んだ。
相手は同部屋の先輩・若光星。土俵に上がる前、安青錦は師匠に深く頭を下げた。
「今日はいつも通り、笑ってやれ。」
その言葉を胸に挑んだ一番。立合いから一気の押し。
ほんの数秒で決まった。会場が割れんばかりの歓声に包まれる中、安青錦は涙をこらえきれず、花道で両手を握りしめた。
日本の伝統が世界に広がる「グローバル相撲」の時代
この優勝の意義は単なる外国人力士の活躍に留まらない。
安青錦は、伝統文化が国境を越えて共有される可能性を示した。
師匠・安治川親方は語る。
「相撲はもともと“争わずして勝つ”ことを知る武道。戦争を経験した国の青年が、その意味を一番理解しているのかもしれん。」
見えてきた未来──横綱への道
関脇として初優勝を果たした今、次なる注目は「大関昇進」とその先の横綱だ。
安治川親方は「一番一番に集中するだけや」と語るが、相撲協会関係者の間では「年内に大関昇進は確実」との声も上がっている。
日本相撲協会の理事はこう分析する。
「安青錦は姿勢が美しい。突き押しでも常に腰が低く、無駄な力がない。これは日本人力士が見習うべき基本だ。」
そして、もう一つ注目されるのが“日本語の上達ぶり”だ。
最近では取材にも通訳なしで応じるほどになり、「稽古後に師匠の奥さんと料理を手伝っている」というエピソードも話題に。
まるで本物の“日本の弟子”のように、生活まで溶け込んでいる。
ファンの声と世界の反響
SNSにはこんなコメントが溢れている。
「彼の笑顔が国境を越えてる」「あの四股を見るたびに泣ける」「戦火の中の少年が、日本の国技で夢を叶えるなんて」──。
記者会見で「好きな日本語は?」と問われた安青錦は少し照れながら答えた。
「ありがとう、です。」
21歳の青年が発したその言葉には、戦争、異国、伝統、努力、すべてを乗り越えた人生の重みがある。
そして、それこそが多くの人々が彼に共感する理由だろう。
終わりに──相撲が見せた「希望の形」
あの日、勝利のインタビューで空を見上げた安青錦の瞳には、故郷の空と日本の空が重なっていたかもしれない。
「小さい頃、瓦礫の町で四股を踏んでいた少年が、いま日本の土俵で世界に希望を見せている。」
ウクライナからやってきた21歳の力士・安青錦。
その名は、すでに日本の相撲史を超えて、世界の心に刻まれ始めている。
新しい時代のはじまりを告げるその四股音が、次の未来を照らす灯りになることを願いたい。


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