大の里に走った「引退」の二文字――九州場所での悪夢

「下手したら引退かもしれません」
その一言が関係者の口から漏れた瞬間、相撲ファンの間に衝撃が走りました。
九州場所の終盤、大の里が土俵上で倒れ込んだとき、場内は一瞬、静まり返りました。
映像を見返したファンたちは、彼の左肩が不自然に落ちているのを気づいたはずです。
そう――診断は「左肩鎖関節脱臼」。このケガ、見た目以上にタチが悪いのです。
相撲界における「脱臼」は、単なる一時的な負傷ではありません。復帰できるかどうか、そして現役を続けられるかどうかすら左右するほどの深刻なもの。
特に“大の里”クラスの大型力士にとっては、致命的なダメージになる可能性もあります。
脱臼とは何か?折れるよりタチが悪い理由
一般的に「骨折」より「脱臼」の方が軽傷に聞こえる人が多いでしょう。ですが、実際はその逆。
なぜなら、「脱臼」は“関節が正しい位置から外れてしまう”状態であり、ただ「治る」だけでなく「安定性を戻す」ことが非常に難しいのです。
肩鎖関節とは、鎖骨と肩甲骨をつなぐ小さな関節。ここがズレると、肩の可動域に大きな制限がかかり、力士に必要な「押す」「引く」「受け止める」といった動作がほぼ不可能になります。
整形外科医の間ではこう言われています。
「脱臼は、治療しても再発しやすく、完全に元の強度には戻らないことが多い」
つまり、再び土俵に戻っても、以前のような強さを取り戻すのは容易ではないのです。
この“回復の難しさ”こそが、「脱臼は折れるより厄介」と言われる所以です。
九州場所で何が起きたのか:瞬間の映像分析
大の里のケガは、勝負の一瞬で起きました。相手の立ち合いに押し込まれ、必死に耐えた際に体勢を崩し、左肩を強打。
あの瞬間、肩にかかった衝撃は自体重(約180kg近く)+相手の突進分。衝撃の合力は人間の関節が耐えられる範囲を軽く超えていたでしょう。
実況席でも「これは、ちょっとおかしい…」と声が漏れたほど。
本人は痛みをこらえ、最後まで立ち上がろうとしましたが、明らかに左腕が上がらない。
その後、支度部屋に運ばれた大の里は「脱臼」と診断。翌日以降の出場は見送られました。
「下手したら引退」――悲痛な決断の影
実はこの「下手したら引退」という言葉、元小結の臥牙丸氏が自身の公式YouTubeチャンネルにて断言したとされています。
体格、才能、ともに将来の横綱候補と言われた逸材。それだけに、本人は「絶対に戻る」と強い意志を示しているとも報じられています。
しかし、臥牙丸氏が“引退”を心配するほど、このケガの深刻度は高い。
過去にも肩鎖関節脱臼から完全に復帰できた力士は少なく、再発リスクを抱えたまま土俵に戻るケースがほとんどです。
脱臼の回復にはどれくらいの期間が必要?
整形外科の一般的な回復目安はこうです。
- 軽度の脱臼(Ⅰ度):3〜6週間で可動域回復
- 中度(Ⅱ度):2〜3カ月で回復だが、筋力低下が残る
- 重度(Ⅲ度以上):手術+6カ月〜1年のリハビリが必要
相撲のような全身運動では、単に「治る」では済まず、押す・受ける力の再構築が欠かせません。
力士の中には回復後も、痛みや違和感で四つ身を避けるようになるケースもあります。
「脱臼はクセになる」――復帰後のリスク
医学的にも、肩の脱臼グセ(反復脱臼)は非常に厄介です。
一度脱臼した人が再び脱臼する確率は、若年層で70%以上。
筋肉が鍛えられていても、関節そのものの固定力が失われていると再負傷の可能性が高いのです。
大の里のような大型力士であれば、重量と強い衝撃が常に肩に掛かるため、再発防止は極めて難しい。
手術をしても完全な安定性を取り戻すことは難しく、ましてや土俵の上では“一瞬のミス”が命取りです。
ファンたちの心境:「まだ見ていたい」「引退なんて早すぎる」
SNS上では、「大の里、無理せず治して」「引退なんて言わないで」といった声があふれています。
彼の相撲は力強く、正々堂々としていて、多くのファンが心を掴まれていました。
なかには、「あの相撲の姿勢こそ、横綱の器だ」と評する解説者も。
彼の存在は、相撲界が若返りを目指す中で貴重な希望でした。だからこそ、今回のケガは多くの人にとって“ショック”以上の出来事なのです。
同じケガを負った歴代の力士たち
相撲界では、過去にも肩鎖関節脱臼を経験した力士がいます。
- 貴乃花:肩の脱臼後、満身創痍で引退
- 北の富士:肩の負傷により全盛期を短縮
- 玉鷲:軽度の脱臼から再起を果たすも、数場所後に再発
いずれのケースも“力士生命”に直結するケガであることがわかります。
脱臼の怖さは「治っても戻らない力」があること。
その意味で、大の里の今後は医師の判断と本人の覚悟にかかっています。
医師が語るリアル:復帰の可能性は?
スポーツ整形の専門医によれば、肩鎖関節脱臼Ⅲ度以上は手術+リハビリで最低8カ月が必要。
その上で「相撲の動き(突っ張り、寄り切りなど)を完全に行えるか」となると、復帰率は50%程度と言われます。
ただし、大の里は筋力だけでなく、「受けの柔らかさ」も持つタイプ。
力任せでなく技術で相撲を取ることができるため、復帰の可能性はゼロではありません。
彼の土俵勘がどこまで残るか、それが最大の鍵です。
「焦るな」という言葉を届けたい
長年の大相撲ファンとして言いたいのは、「焦るな、大の里」という一言です。
土俵は逃げません。
相撲界は、何度もケガから這い上がってきた力士たちの物語でできてきました。
たとえば琴奨菊も、手術後に何度も苦しみながら最後まで土俵を務め上げた。
稀勢の里も、肩のケガを抱えながら「最後まで相撲を諦めなかった」ことでファンの心を掴みました。
大の里の相撲人生は、まだ途中です。
「引退」という言葉を口にするのは、今はまだ早いのではないでしょうか。
まとめ:脱臼はタチが悪い、でも再生の道はある
確かに「脱臼」は折れるより厄介。
可動域、安定性、筋肉バランス、いずれも失われやすく、戻すのに膨大な時間がかかります。
しかし、それは「終わり」ではなく、「再生の始まり」でもあります。
医師、師匠、そしてファンが支えれば、“奇跡の復活”は起こせる。
これまで相撲界は、幾度もそうした奇跡を見せてくれました。
だからこそ、私たちは信じたい――
大の里がもう一度、土俵に戻って来る日を。


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